「明日、学校行かない」
小学生の子どもからそんな言葉を聞くたびに、胸が苦しくなっていました。
前日の夜から始まる不安。
「またか…」と思う気持ち。
そして、そんなふうに思ってしまう自分への自己嫌悪。
子どもも辛い。
でも、親も本当に辛い。
わが家は、子ども2人とも登校しぶりを経験しています。
だからこそ、
「どうしてうちだけ…」
「やっぱり私の育て方が悪いのかな」
そんなふうに、自分を責め続けていました。
今回は、わが家が経験した登校しぶりについて、親として感じていたことや、少しずつ変わっていった向き合い方を書いてみようと思います。
「明日学校行かない」が始まった毎日
最初は、「ちょっと疲れてるのかな?」くらいに思っていました。
でも次第に、
「学校行きたくない」
「しんどい」
「家にいたい」
そんな言葉が増えていきました。
特に辛かったのは、前日の夜から始まること。
その言葉を聞くだけで、私はイライラしてしまっていました。
「また?」
「どうして?」
「行けばなんとかなるのに」
そんな気持ちが頭に浮かぶ。
でも同時に、イライラしてしまう自分にもまたイライラして、毎日気持ちがぐちゃぐちゃでした。
「行く!」と言っていたのに、玄関で動けなくなる
「明日は絶対学校行く!」
と前日から張り切って準備する日もありました。
しかし、朝になると浮かない表情。
それでも準備を進めている子どもを信じて見守ります。
しかし、出発の時間になり玄関まで来ると、
どうしても靴が履けなくなるのです。
ランドセルを背負ったまま固まる。
「やっぱり行かない」と感情があふれ出す。
その瞬間、私の中でも何かが崩れるような感覚がありました。
「今日は行けると思ったのに…」
「やっぱり、今日も行けないのか」
無理かもしれないと思いながらも少しの期待がどうしても消えず、しっかり落ち込んでしまっていました。
子どもの気持ちに寄り添いたいのに、現実はそんなに綺麗にはいきませんでした。
子どもによって違った、小学生の登校しぶり
同じ家で育っていても、子どもによって登校しぶりの理由や反応は少しずつ違いました。
ある子は不安が強く、朝になると動けなくなる。
ある子は疲れが溜まると「行きたくない」が増える。
親としては、「どう対応するのが正解なの?」と混乱することもありました。
“登校しぶり”とひとことで言っても、本当にそれぞれ違うんですよね。
だからこそ、他の家庭の方法がそのまま当てはまるわけでもなく、余計に悩みました。
上の子は、小学校を理解できていなかった
上の子は、幼稚園と小学校の違いをうまく理解できていませんでした。
「学校なんて勉強するだけ」
「好きなことできないし、つまらない」
入学した頃は、こちらが何を言ってもそんな言葉を繰り返していました。
今思えば、“小学校は勉強をする場所”ということを、まだ理解しきれていなかったんだと思います。
幼稚園のように自由に遊べる場所だと思っていた部分もあったのかもしれません。
最初は戸惑いも大きかったですが、学年が上がるにつれて少しずつ学校生活にも慣れ、登校しぶりはなくなっていきました。
下の子の登校しぶりは、突然始まった
下の子は、1年生の間は登校しぶりをすることもなく、毎日楽しそうに通っていました。
だからこそ、突然始まった時は本当に驚きました。
1年生があと1週間で終わろうとしていた頃。
急に、
「学校行きたくない」
と言うようになりました。
嫌だと言いながらも、頭では“行かなきゃいけない”とわかっている。
だから準備はする。
でもやっぱり行けなくて泣く。
その姿を見るのも、とても辛かったです。
「学校でトイレに行きたくなったらどうしよう」不安が強かった下の子
下の子は、不安が強いタイプでした。
特に多かったのが、
「トイレに行きたくなったらどうしよう」
という不安。
家を出る前に何度もトイレへ行く。
でも出ない。
すると、
「出ないから行けない」
と泣いてしまう。
最初は、「大丈夫だよ!」と言うことしかできませんでした。
でも不安は簡単には消えませんでした。
だから少しずつ、
“一緒に不安を解消していく”
ことを意識するようになりました。
「今出なくても大丈夫だよ」
「学校でもトイレに行けるからね」
落ち着いて説明する。
時間にも余裕を持つ。
本人が「これなら大丈夫かも」と思えるように、親の私もできることを考えるようになりました。
夜早く寝られるように、生活リズムを整えることも意識しました。
もちろん、すぐにうまくいったわけではありません。
それでも、“不安を減らしていく”ことを一緒に続けていきました。
”理由がない登校しぶり”を、受け入れられなかった
「甘えているだけじゃない?」と思ってしまった
正直、私は最初、
「理由がないなら行けるはず」
と思っていました。
いじめがあるわけでもない。
勉強についていけないわけでもない。
なのに、
「ただ行きたくない」
「しんどい」
「家にいたい」
その気持ちが、どうしても理解できなかったんです。
だから、
「甘えてるだけじゃない?」
「頑張れば行けるでしょ?」
そんなふうに思ってしまうこともありました。
親の育て方が悪かったんだと思っていた
登校しぶりが続くうちに、私はどんどん自分を責めるようになりました。
「育て方を間違えたのかな」
「私の接し方が悪かった?」
「周りにもそう思われてるんじゃないかな」
そんなことばかり考えていました。
今でも、
「自分の子育ての仕方が違えば、登校しぶりは起きなかったんだろうな」
そんな気持ちが完全になくなったわけではありません。
でも最近は、親の態度や接し方だけではなく、
子どもの生まれ持った性格や特性も関係しているんだろうな
と思えるようにもなってきました。
もちろん、親としてできることはある。
でも、“全部親のせい”ではない。
そう思えるようになってから、少しだけ気持ちがラクになりました。
「行かない!」ではなく、「どうしたいか」を聞くようになった
学校でいじめや嫌がらせがあるわけじゃない。
それなのに、「家にいたいから行きたくない」という気持ちを、私はどうしても受け入れられませんでした。
だから最初は、
「なんで?」
「理由を言って」
「とにかく行こう」
そんなふうに、“行かせること”ばかり考えていました。
でも少しずつ、
「行かない!」という言葉だけで終わらせるのではなく、
“どうしたいのか”
を聞くように変えていきました。
「今日は休んで明日から行きたい」
「◯時間目からなら行けそう」
「車で送ってほしい」
そんなふうに、本人の気持ちを聞きながら、一緒に考えるようにしました。
休む時のルールを決めた
そして、もしどうしても行けずに休む日があったとしても、家での過ごし方にはルールを作りました。
みんなが学校で授業を受けている時間は、
- YouTube
- ゲーム
はしない。
放課後も友達とは遊べない。
公園にも行けない。
それは厳しさというより、
“学校へ行かない日は自由で楽しい日”
にはしないようにしたかったからです。
「行けなかった日」にも、子どもの変化が見えた
休む時は、
「じゃあ今日は家で何をする?」
と聞いて、1日のスケジュールを自分で考えさせるようにしました。
すると、行けなかった日でも、
学校みたいに時間割を作って、イキイキと取り組むようになったんです。
その姿を見て、
「この子はサボりたいわけじゃなかったんだ」
と、少しずつ感じるようになりました。
親子で怒って泣いて、”正解”が知りたかった
無理やり行かせようとしていた頃は、
布団をかぶって泣きながら
「絶対に行かない」
と言う子どもに、私も怒っていました。
親子で泣いて、怒って、時間だけが過ぎていく朝。
どうしていいのかわからなかった。
「正解が知りたい」
ずっとそう思っていました。
今も、すべてがうまくいっているわけではありません。
それでも、以前より少しだけ、
“無理やり変えようとする”のではなく、
“親子で向き合う”
という気持ちでいられるようになりました。
登校しぶりをきっかけに、子育てを見つめ直した
“過干渉気味”だった自分に気づいた
登校しぶりを経験して、私は自分の子育ても振り返るようになりました。
その中で、私は思っていた以上に“過干渉気味”だったことに気づきました。
心配だから。
ちゃんとしてほしいから。
そんな気持ちで、先回りして口を出しすぎていました。
子どもの成長の為には、親が手出し、口出しせずに見守ることが必要な場面がたくさんありました。
しかし私は、困っているわが子を放っておけず、”待つ”ことができていなかったことに気が付きました。
そのことに気づいてからは、手出し口出ししそうになるのをぐっと抑え、“見守る”ことを意識するようになりました。
「親の当たり前」を押し付けていたことに気づいた
また、自分の感覚や考えを子どもに当てはめ、押し付けている部分があったことにも気づきました。
親と子は別々の人間で、持って生まれた特性も性格も違います。
苦手なことやストレスの感じ方も違うのに、私は「自分の当たり前」を子どもにも当てはめていました。
子どもの考えややり方を尊重し、子どもの特性や性格を理解した上で向き合うことを意識するようになりました。
しかし、親も子もすぐに変われるわけではありません。
今でも子どもの行動や気持ちが理解できず、悩む日もたくさんあります。
でも、親子ともに、少しずつ成長していきたいと思っています。
おわりに
登校しぶりは、子どもだけではなく親にとっても本当に辛い時間です。
先が見えなくて不安になり、強いストレスを感じてしまいます。
「いつまで続くんだろう」
そんなふうに思いながら、もやもやとした気持ちが消えない日々です。
親として、イライラしてしまう日もある。
受け止めきれない日もある。
それでも、同じように悩みながら必死に向き合っている親子が、きっとたくさんいます。
あの頃の私は、誰かの体験談を必死に検索していました。
だから今度は、自分の経験が誰かの役に立てばいいなと思っています。
同じように子どもの登校しぶりに悩んでいる方がいたら、
「自分だけじゃない」
そう思ってもらえたら嬉しいです。
